約3週間がたちました

矢野輝文 (2011年4月 3日 20:07)
矢野(一期)です。 震災当日は仕事中にあっ揺れている(関東は時々震度3程度の地震はあります)と思っていたらだんだん揺れがひどくなりこれはどうなるんだろうと思いながら、怖がって座り込んでいる女の子たちに机の下へ入れと指示していました(自分はなぜかpcのデスプレイを倒れないように押さえていました)。途中で停電となりましたが揺れが収まってから改めて事務所を見渡すと引出しは飛び出してるはキャビネットやパーティションは倒れているはまぁ大変な状況でした。(埼玉の北のほうですがビルの5階相当の高さがあったので揺れは相当ひどかったようです) その後余震が続く中正面広場へ退避し、全員の安全確認後各自帰宅となりました。(翌日は有志で後片付けでした)一番の被害は会社の一部の立体倉庫が崩壊でした。 (寮の部屋は家具の倒壊もなく無事でした) 当日は停電で手回し式のラジオ付懐中電灯で過ごしました(ガスと水道は無事でした)。 私が勤めている会社は建機に使われる部品や仮設住宅にも使われる水回りの配管で使われる継ぎ手を作っています 震災の影響は日本や海外(日本の部品を意外と使っています)の製造業では結構痛手をこうむっています。東北方面で作っていた部品が入らなくなったり、化学プラントで作っていた石油系素材料の供給が逼迫してきています。 また計画停電の予定が前日の数時間前に発表となったりするので生産の予定リードタイムを長くとらざるを得ないようになったり。運送会社さんの出荷時間が早くなったり、荷物の着時間の保証ができないため販売会社やユーザーへの説明に苦労したりしています。部品を組み立て製品を組み立てる業種では部品がそろわないで生産に着手できないところもまだあるようです。長々と書いてしまいしたが、それぞれができることを無理せずに続けていくことがこれからは必要と思います。 (夏場はこのままだと計画停電は必至なので体力も必要になりますね)

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