決勝戦 対 東福岡高校
前半 0ー21(3T3G)
後半 0ー10(2T)
計 0ー31
残念ながら今回も力及ばず、東福岡に優勝を譲ってしまいました…
またも九州大会は2位ブロックでの出場となりました。
が!!!なんと今年の九州新人大会、
2位ブロックで優勝すれば、全国選抜の出場権が得られるそうです!!
しかも!今回の九州大会は、福岡での開催
今月20日から、会場はグローバルアリーナ
みんなの声援で全国大会へ後押ししましょう〜!!
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目指せ!全国選抜!!!
現在、東福岡さんのレベルは全国でもずば抜けています。特にFWの破壊力が凄まじい。 筑紫も強力FWと期待していただけに、後輩たちが粉砕される様を見てショックでした。 しかも、相手エース不在での完敗です。力の差をまざまざと見せつけられました。
現段階では、東福岡が全国大会2連覇する可能性が高いと言わざるを得ません。 しかし、現役はあきらめていません。OBもあきらめていません。 筑紫にとって、東福岡は乗り越えなければならない山のようなものです。 必ず成し遂げてくれると信じています。
敗戦のショックから立ち直り、選抜へ。応援しています。
行やん伝説?
4期生を語る上で、この男を語らないわけにはいかない―行徳誠治―忘れえぬ伝説を残した男。人は彼を「行やん」と呼ぶ。
高校1年の5月下旬、中間試験での出来事だった。盲腸で入院した私は数?の試験に悪戦苦闘していた。静寂の中、シャープペンが走る音だけが響く。突然、静寂を引き裂く「ウオーーーッ!」という獣のような叫びが聞こえた。続いて「ガターン!」と崩れ落ちる音。私は後ろを振り返り、堀内に言った。 「行やんの声に似とらんかった?」 「俺もそう思った」 私たち1年6組は男子クラス、異様な音は隣の5組から聞こえてきたように思えた。生物の内田先生がおろおろした表情で私たちのクラスを覗いた。何か事件が起きたに違いない。教室がざわめいた。衣替えしたばかりのシャツに汗が滲んだ。
あとで行やんが語ったところによると、事の顛末はこうだ。日頃勉強していない行やんは徹夜で試験に臨んだ。やがて意識朦朧となり、気を失い倒れた。正確に言えば、癲癇の発作で倒れた。泡を吹いて倒れている彼を、みんなが心配そうに取り囲んだ。柔道の経験があるU君が「舌噛んだら危ない!何か口に挟まな」と言って、自分の上靴を脱いで挟んだ。笑っちゃいけないと思いながら、行やんの口に挟まれた、臭そうな上靴を思い浮かべて吹き出してしまった。 「それがたい。一番ひどいのは木原なんよ」 「木原がどうかしたと?」 行やんが倒れてみんなが心配している間、木原だけ問題を解き続けた。それどころか他の生徒の解答を首を伸ばして見ていたそうだ。 「あいつ、たまらんっちゃが」 こうして行やんは、私たち4期の前に鮮烈なdebutを飾った。
これには後日談がある。練習が終わると、行やん、佐藤、堀内、濱の四人は一緒に自転車で帰ったものだ。東小学校まで来ると、行やんだけ「ほんじゃな、また」と別れて帰る。ある日、また試験勉強のため徹夜続きだった行やんは、試験が終わってほっとしたのか、私たちと別れたあと意識が朦朧とし始め、JRの踏切を越えた辺りで気を失って倒れたそうだ。 しばらくして、行やんの弟(5期生ラグビー部)が人だかりができているのを見た。なんやろか?と思いながら覗いて見ると、そこに泡を吹いて倒れている兄貴の姿があった。あまりの驚きに「おっ!」と声を発した弟に、「あんた、この人の知り合いね?」とおばさんが尋ねた。しかし、弟は「知りません」とそのまま帰ったそうだ。 「あいつ、たまらんっちゃが」
行やん伝説はこうして始まった。
癲癇は完治し、本人も笑い話にすることを付け加えておきます。
行やん伝説2
高3の夏だったと思う。記憶の中の光の加減から判断すると、九州大会前だったような気がする。3の6(また男子クラス)には行やん、河本、堀内、森、濱の5人のラグビー部がいた。一年の男子クラスはまだあどけなさが残っているけど、三年にもなると、男の臭いと早弁の臭いが混じり合って、空気は重たく澱んでいる。
ある朝、行やんが担任の田中先生に呼ばれた。行やんは表情を変えず頷いていたが、先生の表情にはどこか暗い影が潜んでいた。 「どうしたと?」と尋ねても 「なんでもない」と答えるだけだった。 あとで分かったことだが、その日の朝、お母さんが亡くなったということだった。それで先生から、学校はいいから、早く家に帰りなさいと説得されたらしい。高校生の男子にとって、母親の死がどれほどのものか…想像に難くない。では、なぜ、行やんは学校に来たのか。しかも、いつもと変わらぬ様子で。
「九州大会があったやんか」行やんがぽつんと言った。 大事な九州大会を前に練習を休んでは迷惑がかかると考えたのか。練習が好きで、ムードメーカー的存在だった行やん。その時の私は、いくらラグビーが大事でも、お母さんには代えられんやんか…と信じられない思いでいた。しかし、大人になった今、少しわかるような気がする。悲しすぎるからこそ、いつもと変わらぬ場所で過ごしたかったのかもしれない。ひと時でも悲しみを忘れたいと学校に来たのかもしれない。結局、行やんは数日休んだ。
行やんが戻ってきた。その日の練習が終わって、行やん、堀内、私の三人はいつものように自転車で帰っていた。いつも立ち寄る石崎幼稚園前の駄菓子屋さんで、今日は「モンブラン」でも「白くま」でも、行やんの好きなもの何でも奢ろうと決めていた。堀内も同じ思いだったに違いない。 「堀内、俺の気持ちわかるや?」 行やんは堀内の肩を叩きながら沈痛な面持ちで言った。 「おふくろが亡くなって、どれだけ悲しいか、わかるやろ」 行やんは瞬きひとつしなかった。 「友達なら、こんな時どうすればいいか、わかるか」 行やんは口元を曲げてにやりとした。 「アイス奢れ!」 こ、こいつ。親の死をネタにゆすりよる。
こうして、行やん伝説の第2話が誕生した。母親の死をネタにアイスクリームを奢らせる男。しかし、このままではあまりに行やんが非道な男と勘違いされる危険があるのでフォローしておく。堀内も私も、気づかぬうちに気を遣っていたと思う。そこで「そんな気遣い、せんでよか」と言いたかったのだろう。普通の高校生なら、母親の死を経験すれば、悲しみを表に出して当たり前。ところが行やんは、いつもと変わらぬ様子で、心配してくれる友達に、逆に気を遣っていたのだ。これは行やん独特のhumor senseというべきか。分かる人には度量の大きな男と映る。実際、私もスケールが大きい男と思った。しかし、このままではあまりに行やんがnice guyになってしまう。彼のhumor senseを解さない人には、ただのバカちんとしか思われない。それが行やんだ。
行やん伝説3
高2で男女クラスになった。行やん、佐藤、濱と3人のラグビー部がいた。私たち3人は”三羽ガラス”と呼ばれ、ラグビーだけでなく、勉強もでき、女にモテた。いや、正直に言えば、勉強はあまりできなかったけど、行やんは学年1位になったことがある。 「見てんや。すごかろーが」 よく見ると、365人中365番。全く悪びれない。1位になるには相当な努力が必要だけど、ビリになるのも相当な度胸が要る。いくら勉強しなくても、そう簡単にドベになれるものではない。やはり、行やん、スケールがでかい。
行やんは一時期”猪”と呼ばれたことがある。本来はフランカーだが、14番もよく任された。かつて柔道をしていた彼は筋骨隆々で走力もある。FW型のウイングとして期待が大きかった。ところが、ステップが踏めない。全国のウイングの中で、一度もステップを踏まなかったのは、恐らく行やんだけだと思う。猪突猛進、ただ一直線に走るだけ。まるで能がない。それで”猪”と呼ばれた。それなら当たりが強かったかといえば、そうでもない。すぐ「ペシャ」とつぶれた。あまりに不甲斐ないので、15番小河君から 「いかんぜおんじ」とからかわれた。 じきに”猪”から”うり坊”に格下げになった。
行やんと佐藤はとにかくモテた。私もそんなにモテない方ではないが二人は別格だった。行やんは同級生に、佐藤は下級生にモテた。客観的に見ても二人はhandsomeである。甲乙付けがたいが、しゃべりで行やんの方が優れていたと思う。佐藤はしゃべらない方が断然いい男だった。そんな二人が一人の女をめぐって「恋の鞘当」を演じたことがある。転校してきた5期生の佐多さんは、女優の中野良子を爽やかにしたような女の子で、ラグビー部のマネージャーになった。私は同じ5期生の桜子の方が可愛いと思ったが、彼らは自らを「佐多派」と呼んで、妙に息巻いていた。ラグビーの練習でも、いい所を見せようと張り切っていた。
これが行やんの、行やんたる所以だが、練習前に決まって 「おい、今日のランパスは妥協しょうや」 と言ってみんなを油断させる。ランパスは本当にきつかったから、少しでも楽になればluckyと思い、私たちも同意した。ところが、いざランパスが始まると、掟破りの猪は猛然とダッシュする。真っ先にゴールに着いて佐多さんの眼差しを独り占めにする。 「みんな、ちゃんと走らんか」 ステップだに・すら・さへ踏めないくせに、姑息な手段を使う。
ある日、佐多さんから「相談したいことがあります」と誘われたのは、行やんではなく佐藤だった。佐藤が有頂天になったのは言うまでもない。胸弾む思いで、二人は並んで歩いた。 「実は、私、好きな人がいるんです」 佐多さんの言葉に、佐藤の顔は緩んだ。 「その人、ラグビー部なんです」 佐藤はにやけないよう気をつけながら 「FWね?BKね?」 「FWの人です」 佐藤はわざと自分以外の名前を挙げていった。彼女は首を振り、特有の見上げるしぐさで佐藤を見つめ、赤くなった。佐藤はもう天にも昇る思いだった。自分を好きなことは100%間違いない。 「佐多さん、実は、俺も…」 佐多さんがくるりと背を向けた。スカートが翻り、彼女の白い足が目にまぶしかった。 「佐藤さん…」 佐藤は唾をごくっと飲んだ。 「私、行徳さんが好きなんです」 はら、ほろ、ひれ、はれー。優しい佐藤は失望を顔に出さず、彼女を駅まで送り届けた。
こうして行やんと佐多さんのつき合いが始まった。彼女は後に現役で早稲田一文に合格する才媛、対する行やんは学年で下から一番、話が噛み合うはずもなかった。文学、美術、音楽といった高尚な話をする彼女に、低俗なことが好きな行やんは、馬耳東風、目を開けたまま居眠り状態だった。 彼女の転校で短い恋は終わりを告げた。転校してからも高尚な手紙を送ってくる佐多さんに、行やんは困り果てて、私に返事を書くよう求めた。彼女の手紙は便箋で10枚はくだらない。「ゴールズワージーの『林檎の樹』を読んでください。私の行徳さんに対する想いは、この中に出てくるジプシー女と同じように燃え盛り……なのにあなたは、遠い記憶の中で笑顔を見せるだけ。手を伸ばしても届かない……時間がすべてを癒すというけど、どんなに時が過ぎても……」
他人のラブレターを読むほど退屈なことはない。なぜ私が『林檎の樹』を読まなければならないのか、釈然としないまま、行やん伝説の中に否応なく組み込まれていった。
目指せ!全国選抜!!!
現在、東福岡さんのレベルは全国でもずば抜けています。特にFWの破壊力が凄まじい。
筑紫も強力FWと期待していただけに、後輩たちが粉砕される様を見てショックでした。
しかも、相手エース不在での完敗です。力の差をまざまざと見せつけられました。
現段階では、東福岡が全国大会2連覇する可能性が高いと言わざるを得ません。
しかし、現役はあきらめていません。OBもあきらめていません。
筑紫にとって、東福岡は乗り越えなければならない山のようなものです。
必ず成し遂げてくれると信じています。
敗戦のショックから立ち直り、選抜へ。応援しています。
行やん伝説?
4期生を語る上で、この男を語らないわけにはいかない―行徳誠治―忘れえぬ伝説を残した男。人は彼を「行やん」と呼ぶ。
高校1年の5月下旬、中間試験での出来事だった。盲腸で入院した私は数?の試験に悪戦苦闘していた。静寂の中、シャープペンが走る音だけが響く。突然、静寂を引き裂く「ウオーーーッ!」という獣のような叫びが聞こえた。続いて「ガターン!」と崩れ落ちる音。私は後ろを振り返り、堀内に言った。
「行やんの声に似とらんかった?」
「俺もそう思った」
私たち1年6組は男子クラス、異様な音は隣の5組から聞こえてきたように思えた。生物の内田先生がおろおろした表情で私たちのクラスを覗いた。何か事件が起きたに違いない。教室がざわめいた。衣替えしたばかりのシャツに汗が滲んだ。
あとで行やんが語ったところによると、事の顛末はこうだ。日頃勉強していない行やんは徹夜で試験に臨んだ。やがて意識朦朧となり、気を失い倒れた。正確に言えば、癲癇の発作で倒れた。泡を吹いて倒れている彼を、みんなが心配そうに取り囲んだ。柔道の経験があるU君が「舌噛んだら危ない!何か口に挟まな」と言って、自分の上靴を脱いで挟んだ。笑っちゃいけないと思いながら、行やんの口に挟まれた、臭そうな上靴を思い浮かべて吹き出してしまった。
「それがたい。一番ひどいのは木原なんよ」
「木原がどうかしたと?」
行やんが倒れてみんなが心配している間、木原だけ問題を解き続けた。それどころか他の生徒の解答を首を伸ばして見ていたそうだ。
「あいつ、たまらんっちゃが」
こうして行やんは、私たち4期の前に鮮烈なdebutを飾った。
これには後日談がある。練習が終わると、行やん、佐藤、堀内、濱の四人は一緒に自転車で帰ったものだ。東小学校まで来ると、行やんだけ「ほんじゃな、また」と別れて帰る。ある日、また試験勉強のため徹夜続きだった行やんは、試験が終わってほっとしたのか、私たちと別れたあと意識が朦朧とし始め、JRの踏切を越えた辺りで気を失って倒れたそうだ。
しばらくして、行やんの弟(5期生ラグビー部)が人だかりができているのを見た。なんやろか?と思いながら覗いて見ると、そこに泡を吹いて倒れている兄貴の姿があった。あまりの驚きに「おっ!」と声を発した弟に、「あんた、この人の知り合いね?」とおばさんが尋ねた。しかし、弟は「知りません」とそのまま帰ったそうだ。
「あいつ、たまらんっちゃが」
行やん伝説はこうして始まった。
癲癇は完治し、本人も笑い話にすることを付け加えておきます。
行やん伝説2
高3の夏だったと思う。記憶の中の光の加減から判断すると、九州大会前だったような気がする。3の6(また男子クラス)には行やん、河本、堀内、森、濱の5人のラグビー部がいた。一年の男子クラスはまだあどけなさが残っているけど、三年にもなると、男の臭いと早弁の臭いが混じり合って、空気は重たく澱んでいる。
ある朝、行やんが担任の田中先生に呼ばれた。行やんは表情を変えず頷いていたが、先生の表情にはどこか暗い影が潜んでいた。
「どうしたと?」と尋ねても
「なんでもない」と答えるだけだった。
あとで分かったことだが、その日の朝、お母さんが亡くなったということだった。それで先生から、学校はいいから、早く家に帰りなさいと説得されたらしい。高校生の男子にとって、母親の死がどれほどのものか…想像に難くない。では、なぜ、行やんは学校に来たのか。しかも、いつもと変わらぬ様子で。
「九州大会があったやんか」行やんがぽつんと言った。
大事な九州大会を前に練習を休んでは迷惑がかかると考えたのか。練習が好きで、ムードメーカー的存在だった行やん。その時の私は、いくらラグビーが大事でも、お母さんには代えられんやんか…と信じられない思いでいた。しかし、大人になった今、少しわかるような気がする。悲しすぎるからこそ、いつもと変わらぬ場所で過ごしたかったのかもしれない。ひと時でも悲しみを忘れたいと学校に来たのかもしれない。結局、行やんは数日休んだ。
行やんが戻ってきた。その日の練習が終わって、行やん、堀内、私の三人はいつものように自転車で帰っていた。いつも立ち寄る石崎幼稚園前の駄菓子屋さんで、今日は「モンブラン」でも「白くま」でも、行やんの好きなもの何でも奢ろうと決めていた。堀内も同じ思いだったに違いない。
「堀内、俺の気持ちわかるや?」
行やんは堀内の肩を叩きながら沈痛な面持ちで言った。
「おふくろが亡くなって、どれだけ悲しいか、わかるやろ」
行やんは瞬きひとつしなかった。
「友達なら、こんな時どうすればいいか、わかるか」
行やんは口元を曲げてにやりとした。
「アイス奢れ!」
こ、こいつ。親の死をネタにゆすりよる。
こうして、行やん伝説の第2話が誕生した。母親の死をネタにアイスクリームを奢らせる男。しかし、このままではあまりに行やんが非道な男と勘違いされる危険があるのでフォローしておく。堀内も私も、気づかぬうちに気を遣っていたと思う。そこで「そんな気遣い、せんでよか」と言いたかったのだろう。普通の高校生なら、母親の死を経験すれば、悲しみを表に出して当たり前。ところが行やんは、いつもと変わらぬ様子で、心配してくれる友達に、逆に気を遣っていたのだ。これは行やん独特のhumor senseというべきか。分かる人には度量の大きな男と映る。実際、私もスケールが大きい男と思った。しかし、このままではあまりに行やんがnice guyになってしまう。彼のhumor senseを解さない人には、ただのバカちんとしか思われない。それが行やんだ。
行やん伝説3
高2で男女クラスになった。行やん、佐藤、濱と3人のラグビー部がいた。私たち3人は”三羽ガラス”と呼ばれ、ラグビーだけでなく、勉強もでき、女にモテた。いや、正直に言えば、勉強はあまりできなかったけど、行やんは学年1位になったことがある。
「見てんや。すごかろーが」
よく見ると、365人中365番。全く悪びれない。1位になるには相当な努力が必要だけど、ビリになるのも相当な度胸が要る。いくら勉強しなくても、そう簡単にドベになれるものではない。やはり、行やん、スケールがでかい。
行やんは一時期”猪”と呼ばれたことがある。本来はフランカーだが、14番もよく任された。かつて柔道をしていた彼は筋骨隆々で走力もある。FW型のウイングとして期待が大きかった。ところが、ステップが踏めない。全国のウイングの中で、一度もステップを踏まなかったのは、恐らく行やんだけだと思う。猪突猛進、ただ一直線に走るだけ。まるで能がない。それで”猪”と呼ばれた。それなら当たりが強かったかといえば、そうでもない。すぐ「ペシャ」とつぶれた。あまりに不甲斐ないので、15番小河君から
「いかんぜおんじ」とからかわれた。
じきに”猪”から”うり坊”に格下げになった。
行やんと佐藤はとにかくモテた。私もそんなにモテない方ではないが二人は別格だった。行やんは同級生に、佐藤は下級生にモテた。客観的に見ても二人はhandsomeである。甲乙付けがたいが、しゃべりで行やんの方が優れていたと思う。佐藤はしゃべらない方が断然いい男だった。そんな二人が一人の女をめぐって「恋の鞘当」を演じたことがある。転校してきた5期生の佐多さんは、女優の中野良子を爽やかにしたような女の子で、ラグビー部のマネージャーになった。私は同じ5期生の桜子の方が可愛いと思ったが、彼らは自らを「佐多派」と呼んで、妙に息巻いていた。ラグビーの練習でも、いい所を見せようと張り切っていた。
これが行やんの、行やんたる所以だが、練習前に決まって
「おい、今日のランパスは妥協しょうや」
と言ってみんなを油断させる。ランパスは本当にきつかったから、少しでも楽になればluckyと思い、私たちも同意した。ところが、いざランパスが始まると、掟破りの猪は猛然とダッシュする。真っ先にゴールに着いて佐多さんの眼差しを独り占めにする。
「みんな、ちゃんと走らんか」
ステップだに・すら・さへ踏めないくせに、姑息な手段を使う。
ある日、佐多さんから「相談したいことがあります」と誘われたのは、行やんではなく佐藤だった。佐藤が有頂天になったのは言うまでもない。胸弾む思いで、二人は並んで歩いた。
「実は、私、好きな人がいるんです」
佐多さんの言葉に、佐藤の顔は緩んだ。
「その人、ラグビー部なんです」
佐藤はにやけないよう気をつけながら
「FWね?BKね?」
「FWの人です」
佐藤はわざと自分以外の名前を挙げていった。彼女は首を振り、特有の見上げるしぐさで佐藤を見つめ、赤くなった。佐藤はもう天にも昇る思いだった。自分を好きなことは100%間違いない。
「佐多さん、実は、俺も…」
佐多さんがくるりと背を向けた。スカートが翻り、彼女の白い足が目にまぶしかった。
「佐藤さん…」
佐藤は唾をごくっと飲んだ。
「私、行徳さんが好きなんです」
はら、ほろ、ひれ、はれー。優しい佐藤は失望を顔に出さず、彼女を駅まで送り届けた。
こうして行やんと佐多さんのつき合いが始まった。彼女は後に現役で早稲田一文に合格する才媛、対する行やんは学年で下から一番、話が噛み合うはずもなかった。文学、美術、音楽といった高尚な話をする彼女に、低俗なことが好きな行やんは、馬耳東風、目を開けたまま居眠り状態だった。
彼女の転校で短い恋は終わりを告げた。転校してからも高尚な手紙を送ってくる佐多さんに、行やんは困り果てて、私に返事を書くよう求めた。彼女の手紙は便箋で10枚はくだらない。「ゴールズワージーの『林檎の樹』を読んでください。私の行徳さんに対する想いは、この中に出てくるジプシー女と同じように燃え盛り……なのにあなたは、遠い記憶の中で笑顔を見せるだけ。手を伸ばしても届かない……時間がすべてを癒すというけど、どんなに時が過ぎても……」
他人のラブレターを読むほど退屈なことはない。なぜ私が『林檎の樹』を読まなければならないのか、釈然としないまま、行やん伝説の中に否応なく組み込まれていった。